winter,again.
寒い日は「暖かい国に行きたい」と言い出しにぎわうわたしのタイムライン。
たしかに防寒のためだからといってヒートテックやタイツを重ね着するよりは、ふわふわと軽やかなスカートとヒールの低いサンダルで歩き回ることのほうに惹かれるけれど、それでもわたしは、しんしんと雪が積もるこの地を離れたいとは思わない。
わたしはこの寒さと、この雪と、この冬へのどうしようもない想いと共に、生きていくのだ。
ずっと、ずっと。
わたしが育ったのは、福島の豪雪地帯。毎年12月ごろに、初雪が降りる。子供は歓喜を、大人はため息を。それがわたしの小さな町の、長い冬のはじまり。
朝、家を出るために雪かきをして、夕方、家に入るためにまた雪かきをする。
中学校の体育館はボロボロすぎて、隙間風がピューピュー、雪を窓辺に運んできて、滑って転ぶ人がたくさん。
登校途中、寒すぎて顔や足が痛くなったり、遭難しかけたことも、あったなあ。
最初に、「この地を離れたいとは思わない」と言い切ったけれど、地元にいたころは、冬が嫌で仕方なかった。
寒いことは別に平気だった。でも雪が降ると、行動がとにかく制限される。
まだ車の免許もないわたしは、親と一緒でないとどこにも出かけることができなかった。
ひとりでは、どこにも行けない。
自分の足で、歩いていけない。
わたしにとってこれ以上に苦しいことはない。今も昔も、きっとずっと。
そんなわたしが、雪国で生きていくことの尊さを知ったのは、上京してからのことだった。
東京の冬は、楽だった。寒くもなく、雪も降らず。少し我慢すればおしゃれもできるし、好きな靴で、どこにだって歩いて行けた。
でも、そこではっとさせられた。
東京という街は、冬と共に生きていない。
夜寝る前には、水道管が凍って破裂しないように、きちんと水抜きをする。
冷たい隙間風が入らないように、二重になった窓や玄関。
厳しい冬と生きていくために生み出された、さまざまな生活の知恵たち。共存を目指すその姿は、揺らがず、強く、美しかった。
一方で、少しでも雪が降ると、途端に乱れ出す交通網。 転んで怪我をする人々。たかが数センチの積雪を、大げさに騒ぎ立てるニュース。
ああ。ああ。
やっぱり東京は、自然と共に生きていく街ではない。だからこその住みやすさや、生きやすさはあるし、それぞれの街に適した暮らしがあるのはわかっている。
でもそれはきっと、人の本来の生き方では、ないような気もしていて。
人は、自然から離れて生きることはできないから。この街は、東京は、それを少し、忘れてしまっているような気がする。
このnoteのタイトルをwinter,againにしたのは、GLAYのこの曲が大好きだから。
北海道・函館出身のGLAYがつくったこの曲は、わたしの冬への想いをそのまま、言葉にしてくれている。
この曲はサビ以外のほとんどの部分で、雪国で生きていくことの厳しさと強さを歌っている。そしてその厳しさを綴ったのちに、こう続くんだ。
いつか二人で行きたいね
雪が積もる頃に
生まれた街のあの白さを
あなたにも見せたい
主人公が「あなた」に見せたいのは、ただ真っ白な雪景色だけではない。
冬と、自然の厳しさを目の当たりにしながら、それでも強くたくましく生きていく人々の姿と歴史、暮らし。
愛は絶え間なく、芽吹いては枯れる。
しんしんと、静かに積もる雪は、ときにわたしたちを殺め、生かし、許す。
そのすべてを「生まれた街のあの白さ」という言葉に詰め込んで、「あなたにも見せたい」と。
そう考えたとき、わたしはいつも泣いてしまう。わたしの大好きなひとを思って。わたしの大好きなひとも、とてもとても寒い場所で生まれ、自然と共に暮らしてきた。
わたしにはわかる。あなたが生きてきた、北の大地の厳しい暮らし。そしてあなたもわかる。わたしが生まれた街の、あの白さを。
雪国の暮らしは、尊いと同時に、とても厳しい。だからわたしがまたあの町に戻るかどうかは、わからない。厳しさを知っているからこそ、簡単に「雪国で暮らしたい」というひとの言葉を疑ってしまう。
けれど何年かに一度、東京に降る迫る強い冬はわたしに、この気持ちを、暮らしを思い出させ、と言っているようで。
今日の昼間は快晴で、昨日せっかく積もった雪は、すぐに溶けてしまった。
きっと冬は、またやってくる。
自然と共に生きること。
その厳しさと、強さと、優しさを、何度でもわたしたちに、刻み込むために。
わたしを強くするもの
わたしの好きなもの。
それは、ワンピースです。
いろんなお店に行って、可愛い愛しいワンピースを探す。
出会えたときのときめきといったら!
試着室ではいつも、初恋のような気持ちで大好きなワンピースを着ています。
ワンピースは、わたしを強くしてくれます。
ワンピースを着る。
たったそれだけのことなのに、その行為はわたしの背筋を伸ばしてくれる。
勇気をくれるんです。
わたしはいま、こんなに素敵なワンピースを着ている。
だから、なんだってできる!
・・・そんな不思議なきもち。
女の子なら、誰だってあるんじゃないでしょうか。
たとえばワンピースじゃなくても、お気に入りの靴とか、お気に入りのアクセサリー。
そんなものを身につけていると、楽しくて心が踊る。自然と笑顔になれる。
わたしにとってはそれがワンピースであり、ワンピースは何よりもわたしを肯定して、強くしてくれるのです。
たったそれだけのことで、そんなきもちになれる、お手軽なわたしかもしれないけど。
わたしにとってはそれが、とても大切なもの。
毎日を楽しく、わたしらしく過ごすために必要なもの。
わたしを強くするための、とっておきの戦闘服であり、武器のようなもの。
あなたを強くするものは、なんですか?
「旅を仕事に」~旅を魅力的に伝えるための楽しいライティング学~感想
最近ライターとして活動を始めたわたしは、ある悩みを抱えていました。
「たくさんのライターがいるなかで、わたしはどうやって生き残っていけばいいの?」
「旅を仕事にしていきたいけど、具体的にどうしたらいいんだろう?」
SNSなどで、実際に旅を仕事にしている人や、ライターをして働いている人を見たことはあるけれど、どこかみんな、雲の上の遠い世界の人のように感じていました。
圧倒的に技術や経験が足りないのはわかっていても、どうやってその経験を積めばいいのか、今やっていることが正しいのかさえもわからない。
そんなもやもやした気持ちの中、まさに雲の上の遠い世界の人、伊佐知美さんのライター講座がTABIPPOさんで開催されるのを知り、すぐさま申し込みをしました。
伊佐知美さんは、少し前まで世界一周をしていた、『灯台もと暮らし』編集長であり、ライターであり、フォトグラファーでもある、さまざまな肩書を持つかたです。
伊佐さんが書く記事や、noteに書いているポエムのような文章が大好きなのはもちろんのこと、旅先での日常を切り取る写真や、TABIPPOさんの他の講座で実際にお会いしたときの人柄に惹かれてから、ずっとファンでした。
三時間にも渡る長丁場の中で、わたしが特に印象に残ったことを書いていきます。
月に100本記事を書いていた修行時代
就活は出版社を目指していたが、余りにも狭き門で一時は諦め、大手銀行に入社したという伊佐さん。しかしその後も夢を諦められず、結婚したあと、大手出版社に派遣社員として勤務していたそうです。派遣で働く傍ら、さまざまなメディアでライティングの武者修行をしていたんだとか。
その当時、伊佐さんが書いた記事数、月に100本!
その血の滲むような努力の結果、少しずつ自分の名前に書くことのできる「署名記事」が増え、仕事が増えていったそうです。
いい記事とは?
・過不足なく熱量を伝える
・限られた文字数で情報を伝える(書いた文章を「削る」こと)
・WEBは起承転結ではなく、転・起承結にする
・書き手が楽しくないと、読み手も楽しくない
・毎日書いて、読む
・やわらかい言葉、伝わりやすい文章を心掛ける
・フィードバックをもらえる機会を増やす
どれも参考になりましたが、とくに印象に残ったのは限られた文字数で情報を伝える=書いた文章を削っていく、というもの。
学生時代、論文を先生に添削してもらうと、わたしが書いたほとんどの文章は削られて、「もっと他に書かなければいけないことがある」と先生に論文を突き返された経験を思い出しました。
ジャンルは違えど、文章を書くという点では、記事も論文も同じこと。
わたしは今まで、自分の好きなだけ言葉を並べているばかりで、文字数を気にしたことがなかった自分を反省しました。
DAY1を受講して
伊佐さんでさえ、月に100本も記事を書いていたのに、月に1~2本しか記事を書いていない今の自分が恥ずかしくなりました。この講座の課題ですら、ギリギリになってしまう自分。
もっともっと、本気で頑張らなければいけないと思いました。
また、自分の強みを考えるいい機会になったとも感じています。伊佐さんや司会の恩田さんは、自分をポエマーと例える場面が何度がありました。
実はわたしも、ポエマーです。でも最近まで自覚はありませんでしたし、自覚してもとくに、取り柄でも強みでもないと思ってました。
けれど周りの人から言われたり、伊佐さんや恩田さんが胸を張って「自分はポエマーだ」と言っているのを聞いて、自分もポエマーとして自分自身をブランディングしていこうと思いました。
もうすぐ、この講座のDAY2があります。
DAY2でも、今の自分に必要なことを精一杯吸収していきたいと思います!
みどりでした。
自由とは不自由だ。26歳のわたしが迷う、夢と結婚と生き方。
地元に帰ると、小学校や中学校の同級生たちはみんな結婚していて、子どもの1人や2人産んで育てているのは珍しくない。二世帯住宅を建てて旦那さんの家族と暮らしている友だちや、シングルマザーになって逞しく赤ちゃんを育てている友だちもいる。大学の友だちや会社の同期たちも、だんだんと結婚し始めた。
そりゃ、26歳だもの。この年齢のほとんどの女性は、結婚を強く意識していて、いつも誰かと会う度に、その話をしている気さえする。
「わたしたちもそういう年だからね」
「彼氏とも長いし」
「あ、大学のときのあの子、結婚したんだって」
「わたしもSNSで【ご報告】したーい」
「結婚して会社辞めたいよー」
「幸せになりたーい」
「親からのプレッシャーすごくてさ」
「早いうちに子ども産んどかないとね」
みんな口を揃えて言う。
「「「ねえ、みどりはいつ結婚するの?」」」
わたしに結婚願望がほとんどないことを話すと、驚かれる。
確かに、26歳の女性で、結婚願望がないことのほうが珍しい。それはわたしもわかってる。わたしだって大学生のころは、好きな人と25歳で結婚して27歳で子どもを産もうと思っていた。
わたしは、結婚したがる同年代の女性たちに、違和感を感じている。
あの子が結婚したから、周りからのプレッシャーがすごいから、結婚しなきゃ、とか。
会社で働くことが嫌だから、旦那さんに養ってもらいたいから、結婚しなきゃ、とか。
結婚なんて、一種の契約みたいなものなのに。
結婚という契約を結ぶことを、ゴールにしているように見える。
嫌なことから逃げるための手段として、結婚を選んでいるように見える。
自分の幸せを、誰かに委託しているように見える。
わたしは、そんな結婚の先に、自分の幸せがあるとは思えない。
もちろん、年齢が上がれば上がるほど出産のリスクは高まってくるし、社会で働くより家庭に入るほうが向いているひともいる。
誰かと生活を共にし、子どもを育てることで人間的に成長していくこともできる。親孝行にもなる。
自分の老後を考えても、家族がいるといないとではリスクや貯えが変わってくる。
結婚は、良いことだと思う。将来のことを考えて、結婚することは正しいと思う。
でも、わたしの中には拭いきれない違和感があって。それはわたしが円満な家庭の経験がないことや、愛し合う夫婦をみて育ってこなかったからということが、強く関係していることはわかっている。
周りのひとはみんな、結婚に向かって歩いてく。わたしは、みんなと違う。
わたしは、不安だ。
いままでごくごく普通に、生きてきた。田舎から進学と同時に上京して、就職をして。もちろんそれは自分で選んだけど、同じ道を歩む人は他にもたくさんいたから、これっぽっちも不安なんてなかった。自分は普通で、一般的で、平均的な人生を歩んでいくと信じていた。25歳になったら結婚しようと思っていた時期もあったのに。わたしは今はじめて、人とは少しだけ違う道を歩こうとしている。
わたしは、寂しい。
結婚した友だちはみんな、少しだけ遠くに感じる。それはわたしが勝手に距離を感じているわけでは、決してない。遊びに誘いづらくなったり、金銭感覚が違ってきたり、何より話題が違う。結婚した友だちはみんな、家庭や旦那さんの話をする。わたしは家庭や旦那さんの話をすることができない。女というものは、お互いの環境が少し違うだけでも、以前と同じように仲良く話すことができなくなることがある悲しい生き物だ。
わたしは、もっともっと世界を旅したい。知らない世界をみて、日本にいたままでは出会えない景色や歴史や文化や人々に会いたい。毎日毎日、喜怒哀楽のすべてを使いきって生きていきたい。自分の足で、たくさん歩いていきたい。そのために、場所に捉われない働き方がしたい。望んでいる働き方ができる自分になるために、これからたくさん努力していかなければならない。
恋人は欲しい。わたしの人生にとって、恋人は必要不可欠な存在だ。わたしは恋人がいることで自分に生まれる様々な変化や感情の移り変わりを大事にしたい。誰かと理解し合いたいし、支え合っていきたいと思う。恋人がいるという怠惰は、わたしにとってこの上ない幸福だから。
でも、もしも恋人の存在がわたしの夢を阻む日がくるとしたら、わたしは恋人を手放してしまうだろう。こんな言い方はしたくないけど、恋人の代わりは存在しても、夢の代わりは存在しない。恋人がいるときはその人がいなくちゃ生きていけないような気がしてしまうのに、時が経てばそんなことはなくなる。残酷だけど、経験上、いつもそうだ。
わたしは、どうやって生きていこう。
その答えを出すために、まずは自分が子どもを産むことができる体なのか、きちんと調べなきゃいけない。過去の病歴や普段の生理の様子から、妊娠しにくい体である可能性もある。妊娠できるなら、子どもを産むことについてもっと真剣に考えるし(余計に迷う可能性もあるけど)、無理ならもう諦めて好きに生きていきたいと思う。我ながら面倒くさいけど、わたしはそうでもしないと自分の生き方を決められない。
みんな、どうやって自分の生き方を決めるんだろう。わたしはこんなに悩んでる。
どうして旅をしようとしたの。どうして結婚しようとしたの。どうして、その道を選んだの。
わたしは、どうやって生きていこうね。自由であることは、いつだって不自由だ。
イタリア旅②世界一のエアライン・カタール航空をLCCと勘違い!?~新機体A350搭乗記~
今回のイタリア一人旅は、行きも帰りもすべてカタール航空を使いました♩
実は、カタール航空はワールド・エアライン・アワードという、
世界の航空会社格付けランキングで、3度も1位を受賞している5つ星エアラインなんです!!
しかもわたしが搭乗した羽田⇔ドーハの機体は、就航開始したばかりの新型機体A350!!
世界一のサービスってどんな感じかな??
新型機体ってことはもちろん綺麗だろうし、エコノミーでも広いのかな??
機内食もどんなものが出るか楽しみだな~!!
CAさんもみんな綺麗なんだろうな♡
・・・なんてこと、これっぽっちも思っていませんでした。
だってわたし、
わたしって、ほんと馬鹿。
4回搭乗した今だからこそ言える。
神様仏様カタール航空様、本当にすみませんでした・・・!!!
今回はわたしの勘違い馬鹿エピソードと共に、カタール航空と新型機体A350についてレポートしようと思います。。
↓ 前回までの旅の様子はこちら ↓
〈いよいよ搭乗〉
WEBチェックインを済ませていたのもあってか、チェックインカウンターもスムーズに進みます。
(カタール航空 公式FBより)
この座席、とっても広くて快適でした!
どのくらい広いかと言うと、身長163cm、体重56kgと細身ではないわたしが、横向きで体育座りできちゃうくらいの広さ!体育座りしてもまだスペースが余っているくらい。
もちろん足も伸ばせて快適でした。よほど体格のいいかた以外は、十分くつろげるスペースではないでしょうか?
プラス持参の首枕があれば、もう完璧!!
ドーハまで約10時間、爆睡しても疲れしらずなシートですよ!実際わたしも、ご飯を食べるときと映画を観ているとき以外はずっと寝ていましたが、狭くて寝れない、なんてことは一度もありませんでした!
そして気になるアメニティ♩
こんなにかわいいケースに入ってます!
わたしは残念ながら行きも帰りも同じ柄だったのですが、他にもたくさん種類があってかわいかったので、正直他の柄も欲しかったです。笑
中身は、アイマスク・耳栓・歯磨きセット・靴下。靴下って、寒い機内では重宝するので、アメニティにあると地味に嬉しいアイテムですよね!わたしもずっと履いていました。
ちなみに、座席につくと柑橘系の香りのリフレッシュシートがもらえます。
使うと気分もスッキリ!
馬鹿なわたしは、
LCCなのにこんなに座席が広くてアメニティまであるなんて…!画期的だ!!!
なんて思っていました…。
〈メインイベント!?選べる機内食〉
深夜初のフライトだったのですが、離陸するとすぐに機内食のメニューが配られました。羽田発なので日本語のメニューもあります。
さあ、晩御飯の時間です😍🍽
メニューは和食・洋食など3種類から選べました。
わたしは和食をオーダー。
じゃーん!!
ごはんにお蕎麦、お肉にケーキまで!
もちろん、おいしかったです^^
朝ごはんはチーズオムレツにしました。
ワッフルもおいしそうだったなあ。。。
その中で一番おいしかったのは、これ!!
バターチキンカレー♡
周りのひともみんなこれを食べていましたよ( ´◡` )
クソ馬鹿野郎なわたしは、
機内食が出てくるLCCがあるなんて…!LCCも進化してるんだなあ…!
と感動していました…。
(書いてて申し訳なくなってきました。本当にすみません!!)
〈エンターテイメントも充実〉
カタール航空のORYXエンターテイメント・システムには、映画・音楽・TV番組など3,000チャンネルを超えるプログラムがあるのだとか!
たしかに、英語やアラビア語だけでなく、日本語のチャンネルもたくさんあって充実していた記憶があります。
なによりわたしがいいなあ、と感じたのは、映画のセンスでした。
話題の新作から、不朽の名作はもちろん、知る人ぞ知るB級映画まで!
これが観たかった!!こんなのまであるんだ~~!!と驚かされっぱなしでした。
ちなみにわたしが観たのは、
「スターウォーズ ローグワン」
「美女と野獣(実写版)」
「この世界の片隅に」
「レナードの朝」
「相棒 劇場版Ⅳ」
「素晴らしきかな人生」です^^
クソッタレ馬鹿野郎なわたしは、
こんなすごいのにLCCなわけない…!!カタール航空ほんとすごい…!!
〈世界一のエアラインに乗って〉
実はイタリア国内で、かの有名なア◯タリア航空に乗ったのですが、もうカタール航空とは比べものにならないくらい、残念なエアラインでした。
いや、カタール航空と比べるのがダメなのかな。
とにかくもう、今回のわたしはこれしか言えません。
神様仏様カタール航空様、あなた様をLCCだと勘違いしてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!!
もうわたしはカタール航空様にしか乗れない身体になってしまいました、許してください!!
CAさんや空港での対応もいいし、機内食もおいしいし、座席も広いし、
エンターテイメントだって素晴らしいし、イケメンに会えなかったのは残念だったけど 、
さすが、3回も世界一に輝いたエアラインだな、と思いました。
みなさんも、ヨーロッパや中東に行く際は、カタール航空を使ってみてはいかがですか??
きっと、ここでしか味わえない素敵な空の旅があなたを待っています♩
以上、みどりでした!
イタリア旅①トラブル旅の幕開け〜航空券のみ予約・直前に体の激痛で動けない!!
ブログを書き終わるまでが、旅です!!
世間はもう寒くて秋の気配だけど、わたしはまだこの夏を終われない!
イタリア1人旅の記事を書き終えるまでは!
・・・と、いうことで。
8月9日〜8月19日に行った、イタリア周遊1人旅の様子をアップしていこうと思います♩
もう1ヶ月も経つんだ、早いなあ・・・。
イタリアに行った理由
イタリアに行く前、わたしが訪れたことがある国は、インドとカンボジアでした。
そろそろヨーロッパに行きたいな、と思ったのがひとつ。
また、初海外がインドだったわたしですが、ほんとはそのときイタリアに行きたくて、でも大人の事情でイタリアに行けなくなってしまい・・・
まあ、リベンジです。
今度こそイタリアに行く!!何がなんでも!!
と心に決めていました。
出発前からつまづく
8月の旅の航空券を取ったのは4月初旬くらいでした。
カタール航空でドーハ経由、エコノミー往復で13万円くらい。
旅の費用のまとめは、また別途記事を書きますね。
その辺りから徐々に準備をはじめ、計画を立て充実したイタリア旅を…!!
と意気込み計画を立てようと頑張ったのですが
まあ、なにせ、わたしは計画を立てるのが大っ嫌い( ´_ゝ`)
1人旅で計画を立てる意味ある?
どこに行くかなんてそのときの気分で変わっちゃうし、どうせわたしのことだから、計画とは別のことしたくなるに決まってる。
なーーーーんて考えちゃうくらい、計画を立てるのが苦手なわたし。
しかも、予約サイトは大抵、英語かイタリア語。
わたしはどっちもわかりません!
(´-`).。oO(いや、計画を立てることの大事さはわかってるんですけど…いままで計画を立てないで苦労してきたから…)
それでも苦手なものは苦手、嫌なものは嫌なのが人のサガ。
4月の時点で予約していたのは、ホテルだけ。
そのホテルも、1ヶ月前に慌てて準備し始めたときに、ちょいちょい変更をしたので、
結局ちゃんと予約をしていたのは、航空券だけというなんとまあアバウトな旅でした。
ほんとにわたしよくそんなんでイタリア行ったよなあ。
その日どこ行くかなんて歩きながら決めてたもんなあ・・・。
出発当日。肩の激痛で動けない!?
前日の夜から、なんか肩が痛いなあとは思っていたんです。
とりあえずマッサージだけして寝ました。
明日にはよくなるだろう、と信じて。
無駄でした。
朝、起きようとすると、今まで経験したことのない激痛が肩を襲います。
動こうとしても痛くて動けなくて泣きそうになり、会社休もうかな?(深夜のフライトだった)、
わたし今日イタリア行けないのかな・・・!?なんでよりによって今日なのかな・・・!?
と心の底から不安になりました。
なんとか起き上がり、仕事に向かうも、どんどん痛みが増し、思うように動かすことができない、肩・首・腕。
あまり激痛に、わたし5人くらい肩車してるのかな??と本気で考えたけど・・・そんなの怖すぎる・・・!!!
仕事中に近所の整骨院を探し予約も済ませ(仕事しろ)、定時になったらダッシュで整骨院へ!!!
「すごい。こんなに凝ってる人そうそういないですよ」
「一朝一夕のことではこんなことにはならないので・・・。なんでこんなタイミングで痛みが出ちゃったんでしょうね」
そんなのわたしが一番知りたいです。泣
でも、さすが近所で評判の整骨院さんです。
その場で出来る限りの施術とアドバイスをしてくださいました。
そんなこんなで、わたしは整骨院からダッシュで帰宅し、シャワーを浴びたらまたダッシュで羽田空港へ。
結局羽田空港に着いたのは、フライトの2時間前でした(ギリギリ!)
不安とワクワク、そして肩・首・腕に大きなの爆弾を抱えながら(圧倒的に不安要因のほうが多い)、わたしは日本を旅立ったのでした・・・。
続く!!!
Love Lettar〜ナポリの窓から恋人へ〜
旅に出る前は、いつもいつも、不安でいっぱいだ。
旅に出たくなんかなくなる。
だって怖いんだもん。
知らない国、知らない場所で。
知らない人に囲まれて。
知らない言語が飛び交う。
わたしだけ置いてけぼりにされたみたい。
怖いよ、普通に考えて。
アラサーだけどさ、わたしだって一端の女の子なんだよ。
「嫌だよ、怖いよ」
そういうと、あなたは、「はいはい」って呆れ顔をして、手は繋がずに、ただ背中だけを押す。
「大丈夫だよ。いってらっしゃい」
あなたはわたしのこと全部知ってるのに、なんで「大丈夫」なんて言えるのだろう。
びっくりするくらいの方向音痴で、計画性ゼロだし、英語も全然できないし、体力ないからすぐ疲れちゃうし、日焼けするの大嫌いだし、暑がりだし、口下手。
ばかばか。
わたしが欲しいのは、そんな言葉じゃないのに。
わかってるくせに。
いつも絶対言ってくれない、その言葉。
「行かなくてもいいよ」って、言って。
旅は、喜怒哀楽のすべてを呼び起こす。
ヴェネツィアでは、鐘楼からの眺めに涙して。
苦手なハトのせいで何度も心肺停止した。
フィレンツェでは、見事にスリの手に引っかかり、€10を盗られるはめになって。
わたしのやりたいことを実践している、日本人女性に出会えて、話を聞けた。
ローマでは、トラットリアで店員さんに忘れられて放置されていたわたしを、周りの人みんなが助けてくれた。
テルミニ駅のスーパーが見つけられなくて、1時間近く、スーパーがある場所の目の前をさまよった。
いつでもどこでも、おいしいジェラートと。
計画性と行動力が試される旅路。
綺麗な景色は、ただそれだけで、わたしを圧倒する。
結局いつも、なんであんなに行きたくなかったんだろうって思うくらい、旅はわたしにたくさんの感情をくれる。
ああ、いまこの場所にあなたがいたら。
日陰を作ってもらってその中で丸くなるのに。
ああ、いまこの場所にあなたがいたら。
もっといろんな種類のジェラートを食べたのに。
ああ、いまこの場所にあなたがいたら。
スリに騙されることも、トラットリアで忘れられることもなかっただろうな。
あなたはわたしのこと、全部知ってるから、「いってらっしゃい」って言ったの?
いつもあなたを待っていただけのわたしだったのに、いつのまにか、わたしがあなたを待たせてしまうことのほうが増えているね。
いつも、ありがとう。
でもね、わたしは、あなたに伝えたい。
綺麗だね。
疲れたね。
おいしいね。
暑いね。
びっくりしたね。
あなたに向けたこの言葉たちを、わたしはこの旅で何度、飲み込んだだろう。
一体何度、あなたの姿を探して振り返ったことだろう。
だからね、今度からはね。
「一緒に行こう」って、言って。
わたしはきっと、そのとき動いた心のすべてをあなたに話すから。
一緒に笑ったり、飽きれたり、喜んだり、困ったりしてね。
ひとりきりではただ過ぎ去ってしまうこの風の匂いも、ふたりならきっと思い出せるよ。
ねえ、恋人。